5月1日、平成から令和に変わりました。この令和は約1200年前に作られた『万葉集』からつけられました。『万葉集』には4500首以上の和歌が載っていて、和歌山が舞台の作品も100首以上あります。今回、この中から2首について、専門家の村瀬憲夫さんに聞きました。

 

玉津島 見れども飽かず いかにして 包み持ち行かむ 見ぬ人のため

 藤原卿

 「玉津島が海に浮かぶ風景がきれいで見飽きない。ふるさとで待っている奥さん(恋人)に、包みに入れて持って帰ってあげたい」という歌です。

 現在、和歌浦にある玉津島神社の周りは陸地ですが、昔は海に囲まれていたそうです。

 その時代、車や電車がないため、旅はつらいものでしたが、和歌浦のきれいな風景を見て、大切な人におすそわけしたくなったのでしょうね。

写真=和歌浦の玉津島神社

 

我妹子に 我恋ひ行けば ともしくも 並び居るかも 妹と背の山

 作者未詳

 この歌の舞台はかつらぎ町の背ノ山です。「ふるさとに残してきた恋人を思いながら旅をしている。その途中で見た、並んで見える妹山と背山がまるで恋人同士のようだ」という歌です。

 「作者未詳」はだれが作ったか分からないこと。昔の言葉で、「妹」は彼女や奥さん、「背」は彼氏や旦那さんを表します。

 この山の近くにある老人憩いの家には、この歌が書かれた石碑が建っています。

写真上=現在の背ノ山、同下=和歌が書かれた石碑

 

万葉集は昔の人の旅日記

 『万葉集』は日本で一番古い、歌を集めたものです。五・七・五・七・七の文字数で、天皇や貴族だけでなく、農家や商人といった、いろんな人が作った歌を、当時の持統天皇や歌人の柿本人麻呂らが全20巻にまとめました。

 昔の言葉が並んでいて、難しく思えますが、今の言葉に変えて読むと、旅先のきれいな風景や体験したこと、恋人や家族、友達を思いながら、書かれた旅の日記のようなものだと分かりますね。

写真=村瀬憲夫さん

(ニュース和歌山/2019年5月22日更新)