絵は、藤白坂から見下ろした冷水浦・了賢寺(海南市冷水)付近の風景です。

 同坂には、藤白峠まで約一〇九㍍ごとに丁石地蔵十七体が祀られています。一丁地蔵付近には有間皇子の墓と、有名な「家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る」の歌碑があります。

 十四丁地蔵には、平安時代の絵師巨勢金岡が、ここからの眺めがあまりに美しく、筆を投げ捨てたという伝承の筆捨松がありました。その松は枯れ、現在、付近は竹林で覆われ、冷水浦を見通すことができません。

 そこから峠までは急坂になり、道や階段には基盤の緑色片岩が露出しています。峠を越えると、地蔵菩薩を本尊とする地蔵峰寺(海南市下津町橘本)の境内に藤代塔下王子跡の石碑が建っています。その裏山の御所の芝は非常に眺望が良く、眼下に冷水浦がみえます。

 絵図の中央は「八まん」(冷水八幡神社)、その左が浄土真宗の「了賢寺」と蓮如上人「御手掘井」です。文明八(一四七六)年、冷水浦の喜六大夫は、藤白峠で本願寺の同上人と出会い、帰依して了賢と号し、冷水に道場を開きました。

画=西村中和、彩色=芝田浩子

(関西大学非常勤講師 額田雅裕)

(ニュース和歌山/2023年8月26日更新)