絵は、東西に流れる加茂川に架かる土橋(海南市下津町橘本)付近の風景です。加茂川は南の長峰山脈と北の藤白山地の間の加茂谷をほぼ西流し、下津湾に注いでいます。

 熊野古道は、右上の「藤白峠」から南下し、「橘本王子」(同橘本)の屋根がみえる集落の中を通って土橋に至ります。同王子跡は阿弥陀寺境内にあり、現在、同寺には永享九(一四三七)年の王子社の棟札と元禄元(一六八八)年の鰐口が残っています。

 白河法皇は御幸の時、ここに宿泊し「橘の本に一夜の旅寝して入佐の山(鉢伏山)の月をみるかな」と王子名を和歌に詠んでいます。

 絵図をみると、近世には土橋付近に宿屋があり、熊野詣でや西国巡礼の人のほか、武士の一行、ふりうり商人、駕籠に乗る人など大勢の人々が行き来し、川沿いにはのんびりと釣り糸を垂れる人たちの姿も目に留まります。

 加茂川支流の市坪川を少し遡った熊野古道沿いには、柑橘の神(田道間守)を祀る橘本神社(同橘本)があります。同社は所坂王子跡とされ、明治四十(一九〇七)年に藤代塔下王子・橘本王子を合祀しています。

画=岩瀬広隆、彩色=芝田浩子

(関西大学非常勤講師 額田雅裕)

(ニュース和歌山/2023年9月9日更新)