高野山を開いた弘法大師ゆかりの聖地、四国八十八ヶ所。先日、88ヵ所を歩いた東京の石上秀夫さん(42)が和歌山を訪れ、友人の紹介で話を聞く機会を得ました。石上さんは2年前に徳島を出発し、仕事の休みを利用して少しずつ歩みを進めて踏破。フェリーで和歌山へ渡ってきたのです。

 中学卒業後、就職した石上さん。建設業や営業職などを転々とし、現在は不動産関連の会社を経営しつつ、大学で法律を勉強するために高校へ通っています。会社設立に際し、自らを律するために年に一度、何かを成し遂げようと考え、富士登山やフルマラソン、四国巡礼に挑戦しています。

 四国巡礼は全行程で1200㌔、1日に歩けるのはおよそ30㌔です。道中、果物や飲み物、菓子などを分けてもらう〝お接待〟を受けることが多かったそうで、初めは「なぜ赤の他人にそこまでしてくれるのか」と疑問を抱きました。しかし、歩くうち、自分自身が「だれかのために何かしたい」と思えるようになってきたと言います。

 「歩くのがつらすぎて、考えごとをしなくなってしまうほど極限状態になりました。そんな中、普段、気にも留めなかった人の優しさを強く感じました」と石上さん。旅を続けていると、身近な人から「表情が柔らかくなった」「笑顔が増えた」と言われるようになったそうです。

 全霊場を回り、結願した巡礼者の多くは弘法大師に報告するため、高野山を目指します。石上さんは和歌山港から高野山まで歩こうと考えました。ところが、文化の違いに直面しました。お遍路の姿で街を歩けば注目を浴び、高野山を示す標識は少ない。道順を示した地図もなく、「四国に比べ、徒歩で目指すのは難しいように感じました。電車やバスで高野山へ向かう人もいますが、本当は歩いて行きたい人もいるはず」と話します。

 巡礼を通じ、石上さんは人の優しさや、当たり前にあると感じていた物事のありがたさに気付きました。こうした体験談を聞くことや、巡礼者をもてなすお接待は、地域に優しさや助け合いの心を再認識させる機会をもたらします。

 巡礼者を迎える文化は熊野古道沿いにありますが、四国から和歌山、高野へと続く紀の川筋にはあまりありません。お接待の文化を紀北で根付かせる第一歩は、私たちの意識を変えることにほかならないのです。(林)

(ニュース和歌山/2017年8月26日更新)