「家の倉庫から、明治時代の本が出てきたので、珍しいか調べてほしい」。以前取材でお世話になった海南市の陶芸家、橋本由助さん(75)から相談を受けました。見ると、明治43(1910)年の『通商便覧』(通商社発行)という本で、県内企業が一覧で紹介されていました。

 早速、ニュース和歌山土曜号で古写真を紹介するコーナー「紀州百景」執筆者で、古書店「古書肆紀国堂」(和歌山市築港)の店主、溝端佳則さんに相談しました。すると、「なかなか市中に出回らない。珍しいのでは」とのこと。本は、橋本さんが現在、海南市名高で構える陶芸教室とギャラリーの倉庫で見つかりました。先代が骨董商だったため、その商品だったようです。

 どんな会社があったのか、本を開いてみました。まず、広告欄。大きな西洋風の時計を日本家屋の店先に飾った貴金属店、「梅毒専門」とうたう医院など、今はほとんど見られない風景の写真や言葉が並びます。

 業種別にみると、油商、桶屋、薪炭商と、当時の暮らしを支えた様々な専門業者が名を連ねます。また、市町村別では、当時の和歌山市は綿ネルの会社が136社、現在の海南市黒江地区にあたる黒江町に漆器商が125社。日方町や内海村は傘製造業が目立ちます。一方、内陸の那賀郡は、牛馬商、蜜柑商が多く、それぞれの地域の特産品や産業に特徴が見られました。

 人口一覧は、一戸当たり黒江町で7・5人、雑賀崎村が8・2人。他の町村も5~6人台といずれも大家族です。

 地域ごとに個人商店が多く、手仕事が盛んな当時、働く人と住民の距離は今よりずっと近かったでしょう。『通商便覧』を見ていると、こうした地域で暮らす人々の生活や町の様子を想像することができます。

 橋本さんは今回、本に価値があるのではと思い立ちましたが、こうした明治以降の特に庶民生活を伝える資料は散逸しがちだと溝端さんは言います。「市井の資料は博物館で保管されないものが多い。高齢者にとって明治は親や祖父母が生きた身近な時代、家庭に眠っているものも、価値があると思わずに捨てられる」と危機感を募らせます。

 庶民の生活史は今の暮らしと直結し、町の未来を描く際の土台となります。こうした資料に価値を見出し、守り、残していく意識を持つことが、故郷の未来を明るくする心得の一つなのかも知れません。 (林)

(ニュース和歌山/2018年4月28日更新)