約半世紀にわたり高齢者福祉に携わってきた和歌山市の寺井政子さん(83)が自らの歩みを『自分らしく福祉五十年 老いには夢がある』にまとめました。福祉関係者や知人に向けた非売品の本ながら、今こそ耳を傾けるべきメッセージが読み取れます(和歌山県立図書館で読めます)。

 「求む下の世話ができる女性」。そんな求人広告を通じ、寺井さんは30代から特別養護老人ホームで働き始めました。当時は寝たきりの高齢者は寝たきりにしておくのが当たり前で、オムツ交換も時間が決められていました。寺井さんは当初から入居者がただ受け身であることに違和感があり、頼まれればオムツを替え、閉じこもりがちの人を外に連れ出しました。「仕事が増える」とそんな寺井さんにつらくあたる人もいました。

 しかし、寺井さんは貫きます。高齢者の望みを聞き、どんな小さなことでも受け止め、施設で持てる役割を探します。寝たきりにならず、生きがいが育つよう声をかけます。高齢者の人権が軽視されていた時代、それは寺井さんの闘いであり、高齢者福祉の開拓史を見るようです。

 失意の底で施設暮らしをしていた老人が元気を取り戻した例を挙げ、寺井さんはつづります。「ホームの老人は全体として管理され、一人ひとりのヒューマニズムは飛んでしまうおそれがある。老人はさみしい無力感にみち、生きがいが分からなくなり、自らの心持ちに気が付かない人が多々いる。ここに声なき人の声を聞く態度が必要となってくる。個人を尊厳し、病気や障害が重複された老人は人間の持つ、最も正常な姿だととらえなおさねばならない」

 孤独でかたくなな高齢者の心を開き、一人ひとりの尊厳を守る寺井さんの姿は「人を人たらしめるのは何か」を教えてくれます。老いを人の最も正常な姿と携え「声なき人の声を聞く」。そんな手間を惜しまない思いやりこそが人を支え、私たちを、社会をも支えます。人生百年時代へ向かう今こそ未来に育むべきメッセージではないでしょうか。 (髙垣善信・本紙主筆)

(ニュース和歌山/2019年12月7日更新)