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 あるところに次郎おじいさんとその孫のけん太が住んでいました。ある日、けん太は庭でえさを食べているにわとりをながめながら、次郎おじいさんにたずねました。「ねぇ、次郎おじいさん、にわとりはどうして空を飛ばないの?」「それはね」。次郎おじいさんは話し始めました。

 昔々、人になりたいと願った鳥がいました。鳥は毎日毎日神様に願い続け、ついにその願いは叶えられました。

 「一年間一度も空を飛ばなければ、そなたは完全に人になれる」「じゃあ、今の僕は空を飛べる人なのですか」「そうじゃ。人になりたければ決して空を飛ばないことじゃ。もし飛べば、空を飛ぶこともできない鳥になってしまうぞ」「わかりました」

 こうして、人の子どもの姿を手に入れることができた鳥は、ある村の人に拾われ、楽しい毎日を過ごしていました。真っ青な空を見て、飛びたいと思ったことも何度かありましたが、鳥は何よりこの人の姿を気に入っていたので飛びませんでした。

 ある日、村の子どもたちは川に魚つりに行きました。最初は大人しく川岸で魚をつっていたのですが、お昼が近づき、どんどん暑くなるにつれて、一人また一人と川の中で泳ぎ始めました。水に入るのが少し怖かった鳥もみんなが泳いでいるのを見て、目をつぶって、えいっと飛びこみました。すると、ひやっと冷たいものがふれ、初めての川に鳥は夢中になりました。

 (鳥のままだったらこんなことはできなかっただろうな)とぼんやり考えていたその時です。

 「大変だ。次郎が川にながされたぞ」というさけび声が聞こえてきました。みんなはあわてて岸にあがり、次郎をおいかけました。けれども、次郎はどんどん流されていきます。

 「このままじゃ次郎が死んじゃうよ」。小さい子どもたちが泣き出しました。「どうすればいいんだ」。年上の子どもたちも今にも泣きそうです。

 (僕なら空を飛んで次郎を助けられる)。鳥はそう思いました。けれども、空を飛んでしまえば、もう人のままではいられません。川に入った時に感じたあの気持ちよさも味わえないし、みんなとおしゃべりもできません。

 (僕は空を飛べば鳥にもどってしまう。でも、僕が飛ばなかったら次郎はいなくなってしまう……。それなら、僕が選ぶのは、飛ぶ方だ)。鳥は覚悟を決めて、空を飛びたいと願いました。

 「それで、次郎おじいさん、その鳥はどうなってしまったの」「神様の言ったとおり、空を飛べない鳥になってしまったんだよ」「じゃあ、次郎は助かったの」「ああ、その鳥のおかげでね」

 そう言って、次郎おじいさんは悲しそうににわとりを見つめ、小さい声で、「ありがとう」と言いました。けん太も次郎おじいさんにつられてにわとりを見ました。そして、(次郎を救うために飛ぼうと決めた鳥はどんな気持ちだったんだろう。人になれなくて悲しかったのかな)とにわとりの気持ちを想像しました。

 すると、「悲しいはずがあるもんか。僕は友達を救えたんだ。後悔なんてしてないよ」という声が聞こえました。けん太ははっとして、あわてて次郎おじいさんの方を見ました。ところが次郎おじいさんには何も聞こえていないようでした。そら耳だったのかなと思い、もう一度にわとりの方を見ると、一羽だけがけん太の方をじっと見ていました。

 「にわとりさん」。けん太はよびかけましたが、にわとりはもう、〝コケコッコー〟としかなきませんでした。

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 「おはなしボランティアきいちご」代表、北裏祐子審査員…飛んでしまったら人の姿ではいられないけれど、友達を救うために飛ぶ。自分の決断を後悔していないにわとりがカッコイイです。物語の構成もしっかりしているので、飛べない鳥になった理由にも説得力があるし、結び方もまたカッコイイ!
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 「今年の干支とりが主役の創作童話コンクール」の入賞作品を毎週土曜号で紹介します。

(2017年1月7日号掲載)