「ゆき! こっちへおいで!」。今日は木曜。今はとっても楽しい夏休み。ゆきというのは犬。ゆきと出会ったのはある雪の日だった。
あの日の学校帰り。寒い日だったけど、給食がカレーで心はほかほかしていた。友達と別れ、一人になる道に入ったとたん、「クウーン、クウーン」。犬の鳴き声がした。しかも、わたしの家の前で。なんだろう、そう思った時にはわたしの足は、かってに家の方へ動いていた。
見ると、首わもなく、黒くよごれた子犬がいたのだった。わたしはすぐさま子犬をだき上げ、自分がよごれるのもかまわず、家の中へ走った。ふろばで子犬の体をあらってあげると、つやつやでまっ白な子犬へとかわっていった。それを見て、わたしは思わず、「あなたの名前は『ゆき』よ!」とさけんだ。どうしても子犬と一しょにいたかったわたしは、お父さんにたのみこんで、「ゆき」を家族の一員としてもらったのだ。
「あぁあ、夏休みの宿題って多すぎるよね、ゆき」。夏休みが半分ほど終わったある日、わたしは夏休みの宿題にとほうにくれていた。そんな時、お母さんに、
「さくら、ちょっときて、友達から電話よ」とよばれた。友達ってだれだろう。ももちゃんかな、それともみかんちゃんかな、どきどきしながらもしもしと言うと、「もしもし、さくらちゃん、もみじだよ」。あ、もみじちゃんだ! もみじちゃんはゆきのことをとても気に入ってくれている友達。「いまからわたしんち来ない?」。行く行く! すぐに答えると、わたしはゆきをだきかかえ、家をとび出した。
「あぁ楽しかったね、ゆき」。そう言ったわたしは、もみじちゃんの家を出て、帰ると中だった。わたしの家まであと少し。すると、「ワン、ワンワン!」。まるでほかの自分が好きな犬が目の前にいるみたいにゆきはほえ出した。なんだろう。そう思ったわたしは、ゆきをおろしてあげると、ゆきは走り出してしまった。
「待って!」。わたしがあわてて追いかけると、わたしの家の前にまた、ゆきと同じように、いやちょっとちがうけど、白くよごれた子犬がいた。その子犬をゆきと同じようにあらってあげると、茶色の子犬だった。今日も日差しが強い。だから、わたしは「なつ」と名づけた。
こうして、はじめて会った子犬をあらうのも半年ぶりだな、わたしはそう思った。そういえばゆきとはじめて会った時も木曜日だったな…。結局、なつもわが家の一員になった。ゆきとなつ。名前が表す季節はまるで反対だけど、二ひきはとても仲がよかった。二ひきがじゃれあって遊んでいるのを見ると、わたしもうれしくなってしまう。
そんなある日、ゆきにいへんがおきた。なにか苦しそうにうなっている。心配になって行ったお医者さんはなんと、「おめでとうございます。赤ちゃんですよ。しかも六つ子です」。わたしは、うれしいのとびっくりしたのといっしょになって、こうふんしてしまった。赤ちゃん! 六つ子! お父さんの車に乗って帰ると、声をかけてきたお母さんにさけんだ。その声にウトウトしていたなつもビックリ! ゆきがお母さんになるんだから、なつはお父さんになるんだ!
それから10日ほどして夏休みが終わり、学校が始まった。友達と会えるのはうれしいんだけど。今日は苦手な科目ばかりでちょっとイヤだった。宿題も多いし。いっぱいだし。友達と別れて家へ向かう道。ここまではいつもと同じ。でも今日はいつもとちがう気がする。家。赤ちゃんだ! 小さなゆきがお母さんなんだね。おつかれさま。ゆき。
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児童文学作家、嘉成晴香審査員…たまたま、木曜日が重なったというだけ。でもこの偶然に気付けたおかげで、何でもない曜日が特別に。大切なことです。主人公のさくらちゃんの楽し気な様子、作者のあたたかな人柄が文章から伝わる、希望をくれる作品でした。
(ニュース和歌山/2018年2月3日更新)