8月、ダイヤモンド・プリンセス、ぱしふぃっくびいなすと大型クルーズ客船が相次いでやって来た和歌山下津港。この港に関する質問が寄せられました。「和歌山市にあるのに、なぜ和歌山下津港というの?」。同市のペンネーム「九ちゃん」さんからです。

 確かに、海南市下津町にあるなら分かりますが、なぜ和歌山市の港に〝下津〟の文字が入っているんでしょう? 調べてみると、あの江戸時代の豪商、紀伊国屋文左衛門が関係していた…?    

 


 

和歌山市〜有田市の港の総称

 「和歌山市にあるのに、なぜ和歌山下津港というの?」。和歌山県港湾空港振興課に聞くと、「和歌山下津港は和歌山市から有田市までの港の総称なんです」とのこと。徳島へのフェリー乗り場や、今回、大型クルーズ客船が来た西浜岸壁がある辺りだけを指すのではなかったんですね。

 詳しく聞くと、和歌山下津港は図のように、大きく5つの港区に分けられます。

 まず、栄えたのは下津港。江戸時代中期の元禄年間、あの紀伊国屋文左衛門が江戸へみかんを送ったのがこの港です。時代は移り、工業が栄え、和歌山北港、本港の利用が増え、1948年、和歌山北港から下津港までが「和歌山下津港」として、外国との貿易に使われる開港場の指定を国から受けました。

 その後、有田港が64年に和歌山下津港へ編入されましたが、港湾名は変更されず、和歌山下津港の名称のまま今に至っています。

 役割が大きくなるにつれ、開港場から51年に重要港湾、65年に特定重要港湾、そして2011年には全国で18ヵ所しかない国際拠点港湾となった和歌山下津港。なお、今回訪れたダイヤモンド・プリンセス(全長290㍍、定員2706人)が来年8月にも訪れ、その2ヵ月後の10月には、さらに大きなMSCベリッシマ(全長316㍍、定員5686人)が西浜岸壁に初寄港する予定だそうです。

(ニュース和歌山/2019年8月31日更新)