現在と違ってかなり幅の狭い通りです。商店街のアーケードは鉄骨の日覆でした。

現在のぶらくり丁

 

 昭和十七(一九四二)年三月十二日付け大阪毎日新聞によると、「この日覆は昭和四年十一月にぶらくり丁命名百年祭を記念して和歌山市最初の鈴蘭燈および同町内のアスファルト舗装と同時に工費一万数千円で竣工したもの」。商店主の集まりの商誠会長であった西中氏の談として、日覆の設置当時、平行に引く日覆は珍しくなかったが、山型になって片側ずつ使用できるものは全国でも珍しく、ぶらくり丁五十戸の自慢であったといいます。しかし、鉄材の回収運動に呼応して屑鉄として再利用するために撤去されようとしていることも報じられています。

 紀国堂=和歌山市ト半町=店主、溝端佳則さんの古写真コレクションを紹介します)

(ニュース和歌山/2021年12月4日更新)