和歌山市内を通る熊野古道をもっと知ってもらおうと同市が環境整備に乗り出した。世界遺産登録エリアへと連なる古道の歴史と魅力に触れてもらうためで、夏に同市熊野古道推進協議会を設立。秋に古道沿いの民家に提灯をつるし風情を演出した。古道ファンは「熊野古道全体の素晴らしさを伝えるためにぜひ整備に力を入れてほしい」と期待している。

環境整備し魅力発信へ〜残る王子社 周辺に文化財も

 熊野三山への参詣道、熊野古道。参詣は平安時代以降盛んになった。紀伊半島の海沿いを進む紀伊路は約2㌔ごとに休憩所と遙拝所をかねた王子社が90ヵ所以上あり、室町時代のにぎわいは「蟻の熊野詣で」と呼ばれた。

 2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として「熊野三山」「高野山」「吉野・大峯」とこれらを結ぶ参詣道が世界遺産に登録された。おおむね県内で熊野参詣道として登録されたのは中辺路、大辺路など紀南を中心とした約130㌔のため、「熊野古道は紀南」とのイメージが強くなった。

 和歌山市のルートは山口地区から安原地区に至り、中山、川辺、川端王子など9王子社がある。紀の川を挟み、矢田峠を越えるのが特徴的で、鎌倉時代に後鳥羽上皇の熊野参詣に同行した藤原定家の『明月記』には、上皇一行が近辺に至った際、定家らが奉幣使という使者となり、日前宮に参拝したとの記述があり、「大切なルートであったことが分かる」(同市文化振興課)。

 周辺には紀の川流域最大の大規模民家である旧中筋家住宅や江戸時代に弓の名人として知られた和佐大八郎の墓、国登録有形文化財でもある伊太祈曽駅など見所は多い。

 これまで和佐歴史研究会などが案内板を設置してきたが、今年の世界遺産登録15周年を機に市が古道の環境整備を開始。今夏に同市熊野古道推進協議会を開き、8地区の住民の意見を吸い上げた。10月に古道沿いの民家に提灯計23個設置し、一部王子社にも掲げた。

 和佐地区活性化推進委員会理事長で、同地区連合自治会長の杉山清一さんは「休日に布施屋駅から歩く人が本当に増えた。地域の歴史を掘り起こしており、和佐を文化リゾート地区にするうえで古道は宝です」と語る。

 11月30日には市立博物館が史跡散歩「熊野古道を歩く」を実施した。布施屋駅から川端王子跡を経て矢田峠を越えて伊太祈曽駅へ。初めて歩いた佐武清司さんは「銅山跡や和佐大八郎の墓など車では分からない歴史にふれることができ感動しました」。案内した同館学芸員の額田雅裕さんは「井ノ口や平尾の集落付近は風情があります。紀伊路は王子社があるのが独特で、参拝者が参りながら気持ちを高めていったのがたどれます」。

 同市では今後、カーブミラーに矢印を備えるほか、マップ作りも検討中で、同市文化振興課は「安心し古道を歩いてもらえるようにしたい。熊野古道として南までつながっているイメージになれば」と望む。

 熊野古道を歩く写真家の大上敬史さんは「老いた小野小町の木像や、布施屋の名の由来など古道ならではのものが豊富です。田辺からの熊野古道は物語で言えばクライマックスで、和歌山など前段の積み重ねがあってこそ。ここを抜きに古道は考えられないので、ぜひ発信してほしい」と話している。

写真=布施屋駅から歩いて数分の所にある川端王子

(ニュース和歌山/2019年12月14日更新)