小さな駅がありました。特急や急行などは立ちよりもせず、たまにやって来る各駅停車の列車だけが、休けいしていくような駅です。そばには、古いふみ切りと、だがし屋がありました。このだがし屋は、駅が出来たころからあるお店で、今はおばあさんが一人、店番をしています。正かくには、犬とねこの一人と二匹、いや、もっと正かくに言うと、一人と一匹が店番をしています。

 なぜなら、ねこは店番をしないからです。ねこは一日、のんびりすごします。丸まったり、のびをしたり、気が向いたら、どこかに急に消えたり…。そして、またもどってきたら、おばあさんのひざの上でねむったり、お客さんになでてもらったり、ねこは一日を、ねこの思うようにすごします。何ってしていないのに、このねこを目当てにお店に来るお客もいるので、「まねきねこ」ってよばれたりもしています。

 そんなねこのことを、犬はよく思っていませんでした。犬は、ゆっくりする間もありません。いつも三角の耳を立て、丸い目をキョロキョロと動かし、まわりを観察しています。見覚えのない、少しあやしい人がいると、勇かんにほえます。お客さんが来ると、おばあさんをよびに行きます。犬は、いつも役に立ちたいと思っているのです。

 それはお店の中だけではありません。だがし屋の前のふみ切りは、朝と夕方、たくさんの小学生が通ります。時々、ふみ切りの中で遊んだり、立ち止まったりしている子どもがいると、犬は走って行って、大きな声でほえて注意をします。それで子ども達からは、こわい犬だと言われることもあります。犬は、日なたで毛づくろいをしているねこを見ながら、なぜだろうと思います。好きなことしかしていないのに、みんなにかわいがられているのは、なぜなんだろうと。

 そして、ある日、犬は決めました。「そうだ! ねこのまねをしてみよう」と。犬はあたたかいえん側に行くと、目を細めてうら返り、せなかをかいたり、あくびをしたり、いびきをかいてねむったふりをしました。お店でお客さんがよんでいても、おばあさんに知らせず、どこかへフラフラ出ていったりしました。そんな犬を見た人達は、みんな、こう言い出しました。「あの犬はどうした? どこかおかしくなったのかな」「年をとりすぎたんだな」。お店のおばあさんは、そんな犬を気のどくそうに見て、ため息をつきました。犬は、がっかりしました。犬とねこのちがいって、何なんだろう。毎日、考えました。

 そうして何日かたったある日の事です。犬は店先に、ボロボロのぞうきんみたいにくたっと横になりながら、ふみ切りの方を見ていました。いつものように、遠くから電車の音が近づいてくると、カンカンカンとふみ切りの音が鳴り始めました。小学校の子ども達は、早足で向こう側にわたりました。ところが、犬はそこで大変なことに気付きました。ふみ切りの真ん中で、こしの曲がったおじいさんが、ゆっくりゆっくり歩いているのです。

 「まずい、これでは間に合わない! !」。そう思った犬は、線路に走りこみ、大声でおじいさんに、きけんを知らせました。しかし、おじいさんは犬を見て、何やらニコニコ、笑いかけるだけです。おじいさんは、耳が遠いのです。ふみ切りの音も、犬の声も聞こえていないのです。

 犬は考えました。犬は、おじいさんの手にかかっている手さげをひったくると、それをくわえたまま、ふみ切りの向こう側まで走り切りました。これを見たおじいさんは、一しゅん、何が起こったのかわからず、ポカンとした顔をしましたが、次のしゅん間、「こりゃ、こりゃ、待て、待て! ! わしの大事な…!」と犬をめがけて、走り出しました。これを見た犬は犬でびっくり! ! さっきまでカタツムリみたいだったおじいさんが、そんな勢いで走れたとは!

 おじいさんが、犬にたどり着いた時、そのすぐ後で、ふみ切りがしまりました。そして、青い特急列車が流れるように、ゴーッと過ぎていきました。おじいさんは、犬から手さげをとり返すと、また、ゆっくり、ゆっくり、歩いて行きました。何もなかった様に──。

 しかし、それを見ていた、ふみ切りの両側からは、大きなはく手がわきおこりました。「よくやったぞ! !」「さすが犬だ。こんな事は、ねこにはとうてい出来ない」。犬は、まわりをぐるりと見回しました。だがし屋のおばあさんもうれしそうです。

 犬は思いました。「ねこのまねなんて、やめよう」。自分のやれる事をやって、役に立とう。ねこはネコ、そして犬はイヌだ!(正直、ねこのまねをする生活は、たいくつでした)

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 漫画家、いわみせいじ審査員…始めの「特急や急行などは立ちよりもせず…各駅停車の列車だけが休けいしていくような駅」など文章表現がうまく魅力的。後半で特急列車がゴーと通り過ぎる伏線でもあります。「三角の耳を立て、丸い目を…」などの表現もいいなあと思います。

(ニュース和歌山/2018年1月20日更新)