hituzi

  「あいつホントに汚ねぇなぁ」。たくさんいる羊の中にすぐわかるほどボロボロに汚れた羊が一頭いました。名前はムク。何度刈っても売り物にならず、もう何 年も毛を刈ってもらえません。ここは羊毛をとるための羊を育てる牧場です。お父さんとお母さん、そしてひーちゃんという女の子の三人家族で世話をしていま す。ひーちゃんは十二歳、毎日一生懸命頑張りながらお父さんとお母さんと三人で働きました。

 ムクはそんなひーちゃんが大好きでした。外にいるといつも側にいます。ひーちゃんがいく所はどこでもついていきます。ひーちゃんもいつも側にいるムクが大好きでした。

  ある日、ひーちゃんは学校のテストであまりよくない点数をとってしまいました。ひーちゃんは「上手くいかないな」ともやもやしていました。そんな時、お父 さんがムクを他の牧場に売ると言いだしました。毛を売れないのにエサを食べるし、世話しないといけないからです。ひーちゃんは反対しました。ムクはひー ちゃんが悲しい時や失敗したりする時にべったりくっついてくるのです。するとひーちゃんのもやもやした気持ちは軽くなるのです。そんな大好きなムクがいな くなるなんて絶対にいやでした。何度も何度も泣きながらお父さんにお願いしました。困ったお父さんはひーちゃんにこう言いました。「ムクの毛を売ることが 出来たら売らないようにする」と。

 ムクの毛が全然きれいにならない事はひーちゃんもよく知っていました。でも大好きなムクと一緒にいるた めに決心しました。「わたし、ムクのために頑張る!」。小さなにぎりこぶしをふるわせてお父さんに言いました。  ひーちゃんはムクの毛がきれいになる様に白い食べ物をエサにまぜたり、細かくブラシをかけたり、しっかり太陽にあてたりと色々しました。それでもやっぱ りムクの毛はきれいになりません。

 二週間ほどたったある日、ひーちゃんは前のテストより悪い点数をとってしまいました。大きくなったもや もやした気持ちを抱えながら早くムクに会いたいと歩きました。やがて空が曇ってきて今にも雨が降りそうでした。家に着き、ムクに会おうと羊小屋に向かいま した。少しずつ雨が降り、ひーちゃんは小走りでムクの所に行きました。その時、羊の鳴き声がしました。まさかと思い、ひーちゃんは急いでムクの所に走りま した。そこではお父さんと見た事のないおじさん達が、ムクをトラックに乗せようとしているところでした。「ムクっ! !」。びっくりしたひーちゃんは思わず叫びました。あわてたお父さんが雨にぬれたムクを離してしまい、おじさん達も尻もちをついてしまいました。

  「ムクをつれて行かないで! !」。ひーちゃんは必死で止めました。でも無理やりつれ出されようとしていたムクはパニックになって、ひーちゃんが来た事もわからず走って逃げてしまいま した。空はさらに濃くなり、時折雷が小さく光っています。「ムクーっ! !」。ひーちゃんが必死で呼んでも気がつきません。その時です。  カッ! ピシャーンッ! ! 稲妻が細く光り地面に落ちました。と同時に「メェェェェッ! !」と鋭い鳴き声が響きました。「ムクーっ! !」。雷はムクに落ちたのです。

 ひーちゃんはムクを呼びながらかけよりました。そこで目をみはりました。確かに雷に打たれたムクが光に包まれているのです。キラキラとまぶしいくらいムクの周りが明るいのです。

  「メェェ」。ムクがひと鳴きしました。「ムク! 無事だったの! ?」。ひーちゃんは嬉しくてムクに抱きつきました。気がつくとすっかり雨がやんでいて、お父さん達も目を丸くして口をパクパクさせています。やがてムクの 体から光が消え、ひーちゃんが顔を離した瞬間、「えっ」と声を上げました。ムクの毛はすっかり優しい日差しのお陽さまの様な黄色になっていたのです。

  この事があり、ムクは売られずすみました。しかもお父さんが刈ってくれたムクの毛をプレゼントしてくれたのです。ひーちゃんはすぐに毛糸にしマフラーを編 みました。そしてマフラーをお母さんに見せにいくと「あなたの名前のような暖かい色ね。陽向子(ひなこ)ちゃん」と優しい笑顔でひーちゃんの髪をなでまし た。

 「あのね、お母さん、この前の雷の日ね」。ひーちゃんはムクに起こった不思議な出来事を話し出しました。二人の笑い声がいつまでも部屋から聞こえているのでした。

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おはなしボランティアきいちご代表、北裏祐子審査員…ひーちゃんと羊のムクは、お互いになくてはならない存在です。物語の情景描写が細やかで、ひーちゃんのムクを思う気持ちがとても上手に表現されています。最後には読む側をほっとした気持ちにさせてくれる作品ですね。

(ニュース和歌山2015年1月31日号掲載)