国の名勝で、日本遺産にもなった和歌の浦のガイダンス施設として和歌山市が活用を計画している「旧福島嘉六郎邸」(同市和歌浦中)。同市や地域団体が建物の利用に向け、ワークショップや意見交換を行う中、これまで以上に建築物と庭園の価値を評価する声が高まっている。同市は既に土地、建物を購入し、基本設計を進めているが、専門家から保存を求める声もあり、観光施設としての機能と建物の歴史的価値の兼ね合いに苦慮している。

ガイダンス施設整備に影響?〜保存や機能性求める声

 ガイダンス施設は、2017年に国の認定を受けた同市の歴史的風致維持向上計画に基づき整備。和歌浦地区は重点区域で、東照宮、玉津島の修繕、無電柱化推進などとともに事業化されている。施設は玉津島神社南に隣接し、和歌の浦の観光案内や市民交流の場とし、観光客の駐車場や休憩所を備える計画だ。

 同市は昨年、NPOの和歌の浦自然・歴史・文化支援機構と建物の利用についてワークショップを開催。民間所有の空き家だったが、地域住民が樹木を伐採し、整備を進める中で建物の全容が明らかになってきた。

 1929(昭和4)年の建築で、「和歌山綿布」の社長、福島嘉六郎氏の別荘として建てられた。福島氏は綿フランネル「紀州ネル」のなせん技術を開発した実業家で、書画骨とうや茶の湯に通じた趣味人としても知られた。

 主に母屋、離れと庭園で構成し、奠供(てんぐ)山の伽羅(きゃら)岩と庭園に即した構造が特徴。中でも母屋は木造2階建て入母屋造りで、洗練された屋内の意匠と、庭園と一体化した数寄屋造り風の外観が目を引く。

 建築家の中西重裕さんは「母屋と離れが直線でなく、景観に沿って建っている。数寄屋風の母屋は勾配を利用し、懸(かけ)造り風で粋。母屋、離れとも欄間、床柱に簡素でハイセンスな意匠がみられます」と評価する。

 今年6月には南海電鉄和歌山支社の招きで、作庭家の野村勘治さんが現地で講演。「和歌の浦は絶景が和歌に詠まれてきた。施設はその景色を見せる建物と庭園であることが重要」と提案した。9月には、庭園学者で和歌山大学観光学部の小野健吉教授が見学した。「ここにしかない地形を生かしており、伽羅岩、庭、建物が一体で残るのは大きい。保存すれば、これ自体が観光資源になる」と讃えた。

 同市は、高まる建物への評価を改めてふまえ、今年度中に基本設計を完成させる。改修が基本方針で、市都市再生課は「予算と相談し、案を検討している。動線の問題があり、変えるべきは変え、残すべきは残す方向」。施設の完成は従来通り2023年春を目指す。

 ただ保存を求める声がある。中西さんは「歴史的建造物はそれ自体で人を呼べる。まず建物の価値を認めてほしい。予算、予定ありきでなく、可能な範囲で、段階的に進めてはどうか。適切にしないと建物を損なう」。小野教授も「市民の財産ゆえ、使い方もパブリックコメントなど市民の意見を充分に吸い上げて決めるべき。拙速な判断は危険で、最低限、復元の余地は残したい」と話す。

 一方、玉津島保存会会長の渋谷高秀さんは「トイレや駐車場、案内所と機能性の高い拠点的な場所にするのが計画の主旨。建物の問題で、計画が止まるのは困る」と危ぐする。同市の建築史家、西山修司さんは「近代和風建築として素晴らしい母屋は保存し、離れをガイダンスやレクチャーに使えるよう内装を変えるなど柔軟に進めるのが現実的では」と考える。

 「意見は文化財保存、観光、まちづくりと観点が違うだけで、いずれも正しい。それゆえ判断が難しい」と同市都市再生課は頭を悩ませる。「総合的に考え、貴重な財産として着地点を定めたい」と話している。

写真上=玉津島神社南の旧福島嘉六郎邸。数寄屋風の造りが風情を醸す。同下=奠供山の伽羅岩が眺められるよう建つ

(ニュース和歌山/2020年10月31日更新)