ファンタジー小説の登場人物の家にこっそり遊びにいけるとしたら…。そんな不思議な体験ができる1日1組限定の宿「神倉書斎」が新宮市にあります。その場所は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として権現山の中腹に鎮座し、ご神体として巨大な岩が祀(まつ)られている神倉神社のふもと。神社の入口に架かる太鼓橋から歩いてすぐのところです。

 2階建ての小さな民家を改装して2020年9月に造られたこの宿には、「かつて岩石学者がこの地を訪れ、岩石の秘密に迫る研究を行っていた痕跡」がたくさん残されています。

 串本町から熊野市までをフィールドワークした結果を謎の言語でつづったノート、古いタンスの引き出しにずらりと並べられた石の標本、「親愛なる友へ」で始まる、書きためた何通もの手紙。「もしかして岩石学者は実在するのか?」「神秘的な考察は事実なのか?」「むしろついさっきまでこの家に岩石学者が暮らしていたのでは?」と時空を超えた錯覚まで起こしてしまう。滞在を通じて、宿泊者はそんな体験を楽しめます。

 アーティスト「Fulbrn Factory」の作風に引かれ、「神倉書斎」をつくり出した一人、並河哲次さんは「この宿には留守番役の僕でさえもまだ知らない秘密がたくさん潜んでいるんですよ」と話します。最大2名で宿泊でき、キッチンやシャワールームなどの水回りやインターネット環境が整っているので、テレワークで長期滞在するにもうってつけです。

 神倉神社では、例年2月6日に「御燈祭り」が開催されています。新型コロナの影響で、昨年と今年は関係者のみで神事が行われますが、起源は古く、1400年以上前から記録が残ります。泊まれるアート空間「神倉書斎」で岩石学者の物語に触れ、伝統文化の足跡もたどりつつ、新たな視点で新宮のまちへ繰り出してはいかがでしょうか。

フリー編集者 前田有佳利(第3土曜担当)

(ニュース和歌山/2022年1月15日更新)