此(こ)の雪の 消(け)残る時に いざ行かな 山橘(やまたちばな)の 実の照るも見む 大伴家持

 寒くなってくると、野山では咲く花が少なくなり、余計に寒々とした雰囲気が漂います。そんな中、私たちの目を楽しませてくれるのは、色とりどりの木の実ではないでしょうか。

 植物の中には、秋になると赤や青、黒や紫など思い思いの色の実をつけるものがあります。子孫を残すため、おいしそうに実を色づけ、鳥や獣に食べさせて種を広く遠くまで運んでもらうのです。

 冬の野山では木のこずえだけでなく、足元にも赤い実を見つけることができます。ヤブコウジもその一つです。背は高くても20㌢程度で、地下茎を伸ばして横に広がるので、芝生と同様、グランドカバー(地面を覆う植物)にも活用されます。草のように見えますが、木に分類されます。

 夏に開く白い花は数㍉の小ささで、うっすらとピンク色を帯び、少しうつむきがちに咲くので、ほとんど見向きもされません。しかし冬になるとその実は真っ赤に色づき、葉の緑とのコントラストが目を引きます。

 万葉集には大伴家持のこんな歌が残されています。

 「此の雪の 消残る時に いざ行かな 山橘の 実の照るも見む」

 この雪が溶けずにまだ残っているうちに、さあ行こう。ヤブコウジの実が赤く照り輝いているのも見ようよ…との意味でしょうか。

 寒い日も暑い日も、昔の人は自然の事物に興味を持ち、楽しみを見出していたようです。寒い日に、友だちと連れだって野山に出かけ、ヤブコウジの赤と緑、雪の白に映える実の美しさに感動し、それを共有できるなんて…、万葉人は何と豊かで素敵な生き方をしていたんでしょう。(県立紀伊風土記の丘非常勤職員、松下太)

写真=正月飾りにも人気が高いヤブコウジ

(ニュース和歌山/2020年12月19日更新)