足柄の 吾を可鶏山の かづの木の 吾をかづさねも かづさかずとも 作者未詳

 ヌルデは野山や川岸などに普通に生えるウルシ科の落葉広葉樹です。秋の紅葉は美しいですが、色づかずに散ってしまうものも少なからずあります。また、きれいな花は咲かず、大きな実もなりませんから、道行く人が気に留めることはないでしょうね。

上と右下の白っぽいのが虫こぶ。この中にアブラムシがいる

 葉は全体的に毛深いのが特徴です。また、羽状複葉といわれ、中央にある軸の左右に小さな葉が何枚も付いています。皮膚がかぶれることで知られる同じウルシ科のハゼノキも羽状複葉ですが、ヌルデの方が一つひとつの葉の幅が広く、軸に翼(よく)と呼ばれるヒレ状の部分があるので、簡単に区別できます。また、この木にアブラムシの仲間の小さな昆虫がよく作る「虫こぶ」は昔、お歯黒や黒色の染料に利用されました。

 万葉集にはヌルデを詠んだ歌がたった1首だけ残されています。

 「足柄の 吾を可鶏山の かづの木の 吾をかづさねも かづさかずとも」

 ヌルデはこの当時、「かづの木」と呼ばれていました。また、「かづす」は「かどあかす」(=人を連れ去る)との意味といわれます。同じ響きの言葉が繰り返される難しい歌です。

 私のことを気に掛けてくださっているのなら、たとえ家の門が閉まっていても、私をさらっていってください──という、愛する人に対しての切実な気持ちを詠っています。切ない思いを抱きながらも、言葉のリズムを意識してこの歌が作られたのでしょう。当時の人々が持つ言葉のセンスには驚かされますね。

(和歌山県立紀伊風土記の丘職員、松下太)

(ニュース和歌山/2022年12月17日更新)