㉘栗林若宮 正八幡宮

 上の絵は、和歌山市有本にある若宮(栗林)八幡神社付近の約200年前の風景です。同社は、応神天皇・神功皇后を祭神とする神社で、和歌山城の鬼門(北東)の護り神として、寛永12年(1635)に初代藩主徳川頼宣によって社殿が建立されました。

 絵図左下に画かれる松並木の「本街道」は大和街道(現国道24号)、左中央を斜めに横切る土手が大坂道です。大和街道の北側に平行する松並木は馬場で、その幅が15間(約27㍍)、長さが180間余(約330㍍)あり、春と秋の祭礼時には流鏑馬(やぶさめ)が奉納されました。馬場の中央付近には大鳥居があり、北へ八幡宮の参道が延びています。

 境内には「本社・御供所・本地堂」や「天神・えびす・御香宮・高良」などの末社があり、立派な伽藍をしています。

 嘉家作丁からまっすぐに東へ向う大和街道のうち地蔵辻から東側を松原堤、地蔵辻から北側へ分岐する大坂道を八幡堤といいました。八幡堤の「八幡」は、若宮八幡の神社名に由来します。

 八幡堤は、一部に壊された所もありますが、現在も紀ノ川南岸の地蔵辻から八軒屋までほぼ連続して堤跡を追うことができます。その堤跡付近に有本水源地があります。そこで紀ノ川の伏流水を採取し、通称「水道みち」をとおって、真砂浄水場でゆっくりろ過されます。90年前には、そこから城内給水場(和歌山城本丸跡)へ揚水し、市内へ美味しい水道水を配水してきました。(和歌山市立博物館館長 額田雅裕) 

画=西村中和、彩色=芝田浩子

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 江戸期の地誌「紀伊国名所図会」に彩色し、解説する『城下町の風景』は第2・4水曜号掲載。次回は6月24日号です。

(ニュース和歌山2015年6月10日号掲載)