前山A67号墳は、紀伊風土記の丘資料館から徒歩20分。100基以上の古墳がある前山A地区を見下ろす高所に位置しています。

 6世紀後半に造られた長径27㍍のだ円形で、円墳としては前山A地区で最大規模を誇ります。埋葬施設は全長10・8㍍にもなる岩橋(いわせ)型横穴式石室で、死者を葬る最も奥の部屋である玄室には、石棚1枚と石梁2本が架かっています。古墳や石室の規模から、天王塚古墳や将軍塚古墳に次ぐ位の人物が葬られたと考えられます。

 注目ポイントは、石室内で屍床(ししょう)と呼ばれる、死者を安置する石組みが見られることです。岩橋千塚古墳群には、石室内に入れたり、見学できたりする古墳はたくさんありますが、屍床やそれを区切る仕切石を見られる古墳は全国的にもかなり貴重です。

 残念ながら安全管理のため、常時の見学は難しいものの、鉄格子扉越しでしたら、いつでも可能です。石室入り口までは近代的なコンクリートに覆われていますが、照明をつけてのぞくと、奥に照らされた屍床が浮かび上がってきます。

 古事記や日本書紀に、イザナギが亡き妻イザナミを黄泉の国まで追いかけ、見てはいけないと言われながらも盗み見してしまい、腐乱した姿を目の当たりにし慌てて逃げ帰る、有名な黄泉の国訪問神話があります。前山A67号墳ではこの神話の疑似体験、言いかえれば、まるで地上世界から黄泉の国をこっそり見ているかのような不思議な気分を味わうことができます。ぜひ夏休みには紀伊風土記の丘で、日本神話の世界を体感してみませんか。(和歌山県立紀伊風土記の丘学芸員、金澤舞)

(ニュース和歌山/2022年7月23日更新)