みかん山が黄金色に輝く季節を前に、和歌山市出身の女流作家、有吉佐和子の小説『有田川』を読んでいる。舞台は明治から昭和にかけての有田市。幾度の川のはん濫と戦争の苦しみに耐え、みかん山とともに生き抜いた女性、川守千代の生涯を描いている▼地名やその土地の人しか知らないような風土、「うん」の返事を「いん」と言う有田弁…。当時の和歌山を生きた人々の生の声が情感豊かに記されていた。有吉がまるで有田のみかん農家で生まれ育ったかのようなち密な描写に驚かされる。地域のなりわいと災害の歴史を知る上でも十分な資料になる▼同市郷土資料館の特別展「小説『有田川』の世界」を見に行った。有吉が地元の人とやりとりしたハガキや取材時の写真が展示されていた。なるほど、ここまでの綿密な取材で物語は成り立っていた▼有吉は紀州を舞台に『紀ノ川』『日高川』なども残している。そこにはどんな和歌山の人々の機微が描かれているのか。深まる秋、有吉文学に読みふけりたい。   (秦野)