東日本大震災からきのうで11年が経過しました。あの時、津波で沿岸の鉄道路線が被災しましたが、乗客の犠牲はありませんでした。

 和歌山県内のJRきのくに線は風光明媚(めいび)な海沿いを走行する一方で、津波リスクを抱えています。津波から乗客を守る仕組みづくりが必要と考えた私は2012年夏、「鉄道防災教育」の研究を始めました。

 迅速な避難を目指し、JR西日本和歌山支社と共に、実践的な訓練に取り組みました。普通列車の主要な乗客である高校生をターゲットにしたものです。具体的には、鉄道会社で初めてはしごを使用せず、ドアに腰を掛けてから降車する「全扉開放

・飛び降り型避難」を導入し、大幅な時間短縮を実現しました。この方法はその後、全国の鉄道会社でも取り入れられています。

 この訓練を含め、国内で先駆的な津波対策を行っているのが和歌山支社です。きのくに線では津波浸水区域で停車した場合に備え、避難方向を示す誘導看板を、線路沿いの架線柱や踏切などに整備。駅には避難経路を図示したルートマップを掲示しています。また、特急くろしお、普通列車とも全車両の客室に避難はしご、くろしおの座席には「津波避難リーフレット」を備えています。

 さらには、VR(ヴァーチャル・リアリティー=仮想現実)を使って津波発生をシミュレーションしながら、現場での考える力を養う乗務員訓練を実施。和大と和歌山支社が共催する「鉄道津波対策サミット」には、全国の鉄道会社が参加します。「世界津波の日」発祥の地、和歌山が鉄道津波対策の中心になることを目指しています。

 迅速な避難は、乗客の主体的な避難や協力なくして実現はあり得ません。「乗務員は避難させる人で、乗客は避難をさせられる人」という固定的な関係からの脱却無くして、安全は担保できません。

 私はこの「〇〇させる─〇〇させられる」関係は津波対策だけではなく、組織や社会の中にも広く潜んでいると考えます。一人ひとりが主体的に考え、判断し、行動する「自分ゴト化」する社会が大切です。特効薬はありませんが、粘り強く、あきらめずに取り組み続けていきたいと思います。

和歌山大学准教授 西川 一弘(西川さんは今回が最終回です。)

(ニュース和歌山/2022年3月12日更新)