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 「戦争をなくすには、国内で語り継ぐだけではなく、世界中の人と語り合うべき」——。終戦から70年を迎えた8月15日(土)、大阪府枚方市の楠山雅彦さん(80)が和歌山大空襲の経験を日英両文でまとめた『鼠島(ねずみじま)—10歳の空襲体験記』を牧歌舎から再版する。これに合わせ、楠山さんの孫、東さくらさん(21)が8月27日(木)、『鼠島』を教材に留学先のロンドンで戦争と平和をテーマに討論会を開く。楠山さんは「若い世代にこそ、国際平和のために自分は何ができるかを考えてほしい」と強く願う。

 1945年7月9日の和歌山大空襲。西河岸町にあった楠山さんの家は全焼した。戦後は極度の貧困生活で骨と皮だけにやせ細り、牛馬の飼料や大豆の絞りかす、時には他人の畑の芋を食べ、命をつないだ。同年秋口には、祖母が栄養失調で亡くなった。

 タイトルの鼠島は、連合軍が駐留していた築地橋横の鼠島と、戦争で家族や家を失った人たちが人間の尊厳をかなぐり捨て、食糧を求め走り回り、〝鼠〟と化すことから付けた。「今も同じように戦争で苦しむ人々が海外にはいる。戦争の愚かさを世界へ伝えたい」

 戦中戦後の体験を日本語と英語で記した『鼠島』を10年前に出版。これまで国内の学校や長崎、沖縄の資料館、海外ではアメリカ、フランスの平和資料館、オランダのアンネ・フランクの家など48ヵ所へ寄贈した。今年に入り、生の声で伝え、直接意見を聞くため、平和の尊さを訴えるワークショップを東京と大阪で開き、精力的に活動する。

 平和の議論が高まる中、戦後70年の節目を機に再版を決めた。「私たちは戦争を語れる最後の世代。子や孫に同じ思いをさせないため、歴史の歯車を1㍉でも平和へ動かしたい」。戦火を表現した以前の赤色の表紙は、希望をイメージする青空のブルーに変えた。

 楠山さんの思いは、孫のさくらさんに届いた。ロンドンに留学中のさくらさんが『鼠島』を教材に8月27日、語学学校で討論会を開くことになった。「戦争体験を聞いて感じたこと」「軍隊は必要か」「平和のために対話は重要か」をイタリア、ブラジル、韓国など9ヵ国15人で語り合う。

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 幼いころから祖父の活動を知っていたが、「日本では戦争や政治をまじめに語ると変な目で見られる」と、積極的に行動を起こさなかった。変わったのは、ロンドンに来てから。普段、同級生と話す中、スペイン人の友人は自国の政治を批判し、トルコ人は兵士になった友達を亡くしているのに「軍隊は必要」と主張する。「同世代の子が皆、政治や歴史の知識があり意見を持っている。何も言えず恥ずかしかった」。同時に、育った環境や受けた教育で考え方が全く違うことに気付いた。祖父がいつも言っていた「国際平和には、海外の人たちとの対話が必要」との言葉が胸に落ち、討論会を学校に提案した。

 当日に向け、楠山さんとテレビ電話やメールでやり取りを重ねる。楠山さんは「さくらのようにたくさんの人が国境を越え、海外の人と交流する時代に、自国を守る戦争は本当に必要か。この世から戦争をなくすために若者の情熱と知恵で解決の道を見つけてほしい」と期待する。

 討論会の最後は、参加者がそれぞれの国旗の色で千羽鶴を折る。さくらさんは「平和の象徴である千羽鶴で国と国を一つにつなぎます。祖父が人生最後の時間を捧げようとしている平和の実現へ、小さな一歩を踏み出したい」。

 『鼠島』は1080円。牧歌舎(03・6423・2271)。

写真 この記事下=討論に向け友人と準備するさくらさん(左奥)

(ニュース和歌山2015年8月15日号掲載)