我がやどの 時(とき)じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹(いも)が笑(ゑ)まひを  大伴家持(おおとものやかもち)

 フジと言えば、4月ごろに紫色や白色のたくさんの花が房のように垂れ下がって咲き、いい香りを漂わせる植物を思い浮かべるでしょう。でも、梅雨の時期から咲き始めるフジもあるのです。それが今回紹介するナツフジです。別名ドヨウフジと言い、一年で最も暑いとされる夏の土用のころにも咲いていることからこう呼ばれたと思います。

 ナツフジの花は一般的なフジとは色が異なり、淡い黄色です。花数が少ないので、房も大きくありません。大きくてもせいぜい20㌢ほどでしょうか。野山で見かけても、「これがフジ?」と思うかもしれません。

 ですから、もちろん藤棚にして楽しめるような植物ではありません。野山に普通に生え、時としてやっかいなつる草で、除草の対象にされやすい植物です。風土記の丘では、移築民家の生け垣や、道沿いの木々などに巻き付いているのをよく見かけます。

 しかし、万葉人はこのような目立たない花にも心を寄せ、その美しさを感じていたのです。大伴家持は次のように詠っています。

 「我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを」

 時じき藤とは、時期外れに咲くフジとの意味で、ナツフジのことです。私の家に咲くナツフジの花のように、あなたのことをとても可憐(かれん)で愛おしく思います。あなたの笑顔を今すぐにでも見たいものです──という意味です。控えめに咲くナツフジを愛しい女性に重ね合わせているのでしょう。その女性の顔かたち、性格など、想像を巡らすのも面白いですね。 (県立紀伊風土記の丘職員、松下太)

写真=草刈りの洗礼を受けず咲いていたナツフジ

(ニュース和歌山/2021年7月17日更新)